団塊世代の想い出 昭和のアイドル 1950〜1970年代にタイムスリップ !

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中尾ミエ

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中尾ミエ(本名:中尾美禰子 なかおみねこ)1946年6月6日/福岡・小倉市(現・北九州市小倉北区)生まれ

中学生(東京学芸大学付属中学)の頃に渡辺プロダクションにスカウトされた中尾ミエはジャズミュージシャンである平岡精二からレッスンを受け、昭和36年(1961年)渡辺プロダクションと正式契約。翌年の4月、ビクターレコードから「可愛いベイビー」でレコード・デビューを果たした。この曲はコニー・フランシス(米国)が歌った「Pretty Little Baby」のカヴァー曲であり、日本では森山加代子や沢リリ子らの競作だが、中尾ミエ盤が100万枚を越す売り上げを記録し大ブレークし『第13回NHK紅白歌合戦』に初出場。以降、昭和44年(1969年)の第20回まで8年連続出場をした。
また、テレビでも同年4月から放送された音楽バラエティ番組『森永スパーク・ショー』に出演。伊東ゆかり、園まりと共に司会を務めて人気を得た事により、三人は番組の名前であるスパークを付けた『スパーク三人娘』を結成した。7月からは同局で三人を主役としたミュージカルドラマ『レッツ・ゴー三人娘』が放送開始され『三人娘』の人気は益々と高まり、お茶の間のアイドル的存在となっていった。
その後も、映画やTVドラマ、バラエティ番組と数多くに出演し多岐に渡り活躍した。

オフシャルサイト

LinkIcon中尾ミエ オフィシャルサイト

レコード・リリース

~主なヒット曲~ 
昭和37年04月 可愛いベイビー 訳詞:漣 健児 ※カヴァー曲
昭和38年10月 バイ・バイ・バーディー 訳詞:みナみカズみ ※カヴァー曲
昭和40年01月 アイドルを探せ 訳詞:安井かずみ ※カヴァー曲
昭和40年10月 夢みるシャンソン人形 訳詞:岩谷時子 ※カヴァー曲
昭和40年12月 淋しいから 作詞:安井かずみ 作曲:川口 真
昭和43年07月 恋のシャロック 作詞:松原智津子 作曲:新居一芳
昭和46年11月 片想い 作詞:安井かずみ 作曲:川口 真
昭和47年06月 心の扉をあなたのために 作詞:阿久 悠 作曲:川口 真
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出演映画

 〜主な出演映画〜  
私と私 東宝 昭和37年(1962年)08月公開 ※デビュー作品
かっこいい若者たち 大映 昭和37年(1962年)08月公開
夢で逢いましょ 東宝 昭和37年(1962年)09月公開 ※主演
ハイハイ 3人娘
東宝 昭和38年(1963年)01月公開 ※主演
クレイジー作戦先手必勝 東宝 昭和38年(1963年)03月公開
台所太平記 東宝 昭和38年(1963年)06月公開
若い仲間たち うちら祇園の舞妓はん
  東宝 昭和38年(1963年)06月公開
香港クレイジー作戦 東宝 昭和38年(1963年)12月公開
続・若い季節 東宝 昭和39年(1964年)03月公開
君も出世ができる
東宝 昭和39年(1964年)05月公開
喜劇・駅前医院
東宝 昭和40年(1965年)01月公開
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主なTV出演

『若い季節』
NHK総合 昭和36年04月 ~ 昭和39年12月
『森永スパーク・ショー』 フジテレビ 昭和37年04月 ~ 昭和38年09月
『レッツ・ゴー三人娘』 フジテレビ 昭和37年07月 ~ 昭和38年03月
『シャボン玉ホリデー』 日本テレビ 昭和38年0?月 ~ 不定期出演
『ふりむくな鶴吉』 NHK総合 昭和36年10月 ~ 昭和37年10月
『必殺必中仕事屋稼業』 TBSテレビ 昭和50年01月 ~ 同年06月
『必殺仕業人』 TBSテレビ 昭和51年01月 ~ 同年07月
『新・必殺仕置人』 TBSテレビ 昭和52年01月 ~ 同年11月
『アイ・アイゲーム』 フジテレビ 昭和54年10月 ~ 昭和60年09月
『お笑いスター誕生!!』 日本テレビ 昭和55年04月 ~ 昭和61年09月
『ミエと良子のおしゃべり泥棒』 テレビ東京 昭和55年04月 ~ 昭和62年03月

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NHK紅白歌合戦 出場

第13回 昭和37年(1962年)出場 ※披露曲『可愛いベイビー』
第14回 昭和38年(1963年)出場 ※披露曲『キューティ・パイ・メドレー』
第15回 昭和39年(1964年)出場 ※披露曲『夢みる想い』
第16回 昭和40年(1965年)出場 ※披露曲『夢見るシャンソン人形』
第17回 昭和41年(1966年)出場 ※披露曲『蜜の味』
第18回 昭和42年(1967年)出場 ※披露曲『ただそれだけ』
第19回 昭和43年(1968年)出場 ※披露曲『恋のシャロック』
第20回 昭和44年(1969年)出場 ※披露曲『忘れられた坊や』

主な受賞

エランドール賞(旧・日本映画製作者協会)
1963年 新人賞 ※歌手としては初受賞

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ナベプロ三人娘

渡辺プロダクションに所属していた伊東ゆかり・中尾ミエ・園まりの三人の総称で、映画やテレビなどでは揃って出演する事が多く、東宝『ハイハイ 3人娘』(昭和38年1月公開)、東宝『続・若い季節』(昭和39年3月公開)の映画では主役を務め、昭和38年6月公開のザ・ピーナッツ主役の東宝『若い仲間たち うちら祇園の舞妓はん』には準主役で出演するなど揃って活躍していた。
また、『NHK紅白歌合戦』にも昭和38年の第14回と昭和39年の第15回では三人娘として出演。

〜スパーク三人娘〜
昭和37年4月15日から昭和38年9月29日までフジテレビ系列局で毎週日曜日の昼に放送された音楽バラエティ番組『森永スパーク・ショー』で司会を務めた中尾ミエ・伊東ゆかり・園まりの三人の人気が高まり番組名のスパークを付け『スパーク三人娘』を結成。
 ※ 番組初期は沢リリ子が出演していたが、渡辺プロの意向で園まりと交代。

3人娘メモリアル・コンサート~ニッポンをもっと元気に!~
昭和39年に解消した『三人娘』は平成17年に久々に再結成。「3人娘 Again Dream Concert Tour 2005」と銘打ち全国ツアーを展開した。平成18年にもツアーは開催されたが、この年限りのツアーコンサートとなってしまった。
2年後の平成21年、再び三人が集結して『ゆかり・ミエ・まり 3人娘メモリアル・コンサート~ニッポンをもっと元気に!~』のツアーコンサートを全国各地で開催した。今度は途切れる事なく、引き続き全国各地を回り精力的に活動。平成25年に入っても『3人娘』は未だ若さを保ち元気に活躍してくれる事だろう。
また、平成24年には結成50年を迎えて『3人娘 結成50周年記念コンサート』も同時開催された。

_3人娘オフィシャルサイトLinkIcon3人娘 facebook

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