団塊世代の想い出 昭和のアイドル 1950〜1970年代にタイムスリップ !

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園まり

園まり (本名 : 薗部毬子 そのべまりこ) 1944年4月12日/神奈川・横浜市 生まれ

園まりは、幼少の頃から童謡歌手であり声楽家の安西愛子が結成した『杉の子こども会』に入り指導を受けていた。その後、キング児童合唱団に入団し昭和31年(1956年)にキングレコードから童謡歌手としてデビュー。また、同時期に少女モデルとしても活動していた。
昭和36年(1961年)、東洋音楽学校(現・東京音楽大学)在学中に、渡辺プロダクションのオーディションに合格。翌年の昭和37年(1962年)5月、ポリドールから「鍛冶屋のルンバ」でレコードデビューを果たし、歌手として本格的な活動を開始した。
また、テレビでも音楽バラエティ番組『森永スパーク・ショー』に出演。中尾ミエ、園まりと共に司会を務めて人気を得た事により、三人は番組の名前であるスパークを付けた『スパーク三人娘』を結成した。7月からは同局で三人を主役としたミュージカルドラマ『レッツ・ゴー三人娘』が放送開始され『三人娘』の人気は益々と高まり、お茶の間のアイドル的存在となっていった。
レコードでも洋楽のカヴァー曲である「マッシュポテトタイム」「太陽はひとりぼっち」「女王蜂」などがヒットした。
昭和38年(1963年)には『第14回NHK紅白歌合戦』に三人娘として初出場。『キューティ・パイ・メドレー』で「女王蜂」を歌唱、以降『第19回NHK紅白歌合戦』まで連続6回出場を果たした。
昭和39年(1964年)にはポップスから歌謡曲に路線変更、『三人娘』を解消しソロ歌手として活動を開始した
同年、NHK放送『きょうのうた』で披露した「何も云わないで」が反響を呼び急遽レコーディング。10月にシングルリリースして大ヒットし、路線変更後では初の名曲となった。
その後も「逢いたくて逢いたくて」「夢は夜ひらく」「愛は惜しみなく」と立て続けにヒットを飛ばし、全ての曲がミリオンセラーを記録するという快挙を遂げていった。そして、この曲を題材とした映画が公開され主役として出演。更にテレビドラマや時代劇などにも出演し女優としても活躍していた。また、彼女のその愛らしい顔立ちと甘い歌声が若者からの圧倒的な支持を得て、当時のブロマイド売り上げは常にトップクラスでもあった。
平成6年(1994年)から芸能活動を休業していたが、平成15年(2003年)に入り本格的な音楽活動を再開。東京・青山にて40周年記念リサイタル「園まりリサイタル」を開催した。
平成17年(2005年)には40年ぶりに『三人娘』を再結成、全国コンサートツアーを開始した。
現在も『三人娘』としての全国コンサートツアーの他、単独でもディナーショーなどで活躍している傍ら、震災地や老人会でのボランティア活動を積極的に取り組んでいる。

オフシャルサイト

LinkIcon園まりオフィシャルサイト

レコード・リリース

 ~主なヒット曲~
昭和37年07月 マッシュポテトタイム 訳詞:タカオカンベ 作曲:J.Sheldon
昭和37年09月 太陽はひとりぼっち 訳詞:タカオカンベ 作曲:G.Fusco
昭和38年08月 女王蜂 訳詞:滝田 順 作曲:T.Wesley
昭和39年05月 花はどこへ行った 訳詞:安井かずみ 作曲:P.Seeger
昭和39年10月 何も云わないで 作詞:安井かずみ 作曲:宮川 泰
昭和41年01月 逢いたくて逢いたくて 作詞:岩谷時子 作曲:宮川 泰
昭和41年10月 夢は夜ひらく __作詞:中村泰士 富田清吾 作曲:曽根幸明
昭和42年08月 愛は惜しみなく 作詞:川内康範 作曲:宮川 泰
LinkIcon全てのシングル・リリースはこちらに

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出演映画

ハイハイ 3人娘
東宝 昭和38年(1963年)01月公開 ※主演 三人娘
若い仲間たち うちら祇園の舞妓はん
  東宝 昭和38年(1963年)06月公開 ※三人娘 出演
続・若い季節 東宝 昭和39年(1964年)03月公開 ※主演 三人娘
逢いたくて逢いたくて 日活 昭和41年(1966年)06月公開 ※主演
夢は夜ひらく 日活 昭和42年(1967年)01月公開 ※主演
クレージー黄金作戦 東宝 昭和42年(1967年)04月公開
愛は惜しみなく 日活 昭和42年(1967年)12月公開 ※主演
クレージーメキシコ大作戦 東宝 昭和43年(1968年)04月公開
愛のきずな 東宝 昭和44年(1969年)02月公開 ※主演
だまされて貰います 東宝 昭和46年(1971年)04月公開
夕日くんサラリーマン仁義 東宝 昭和48年(1973年)09月公開

主なTV出演

『森永スパーク・ショー』
フジテレビ 昭和37年04月 ~ 昭和38年09月
『レッツ・ゴー三人娘』 フジテレビ 昭和37年07月 ~ 昭和38年03月
『若い季節』 NHK総合 昭和38年0?月 ~ 昭和39年12月
『シャボン玉ホリデー』 日本テレビ 昭和38年0?月 ~ 不定期出演

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NHK紅白歌合戦 出場

第14回 昭和38年(1963年)出場 ※披露曲 『キューティ・パイ・メドレー』
第15回 昭和39年(1964年)出場 ※披露曲 夢みる想い
第16回 昭和40年(1965年)出場 ※披露曲 『逢いたくて逢いたくて』
第17回 昭和41年(1966年)出場 ※披露曲 『夢は夜ひらく』
第18回 昭和42年(1967年)出場 ※披露曲 『愛は惜しみなく』
第19回 昭和43年(1968年)出場 ※披露曲 『ひとりにしないで』

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ナベプロ三人娘

渡辺プロダクションに所属していた伊東ゆかり・中尾ミエ・園まりの三人の総称で、映画やテレビなどでは揃って出演する事が多く、東宝『ハイハイ 3人娘』(昭和38年1月公開)、東宝『続・若い季節』(昭和39年3月公開)の映画では主役を務め、昭和38年6月公開のザ・ピーナッツ主役の東宝『若い仲間たち うちら祇園の舞妓はん』には準主役で出演するなど揃って活躍していた。
また、『NHK紅白歌合戦』にも昭和38年の第14回と昭和39年の第15回では三人娘として出演。

〜スパーク三人娘〜
昭和37年4月15日から昭和38年9月29日までフジテレビ系列局で毎週日曜日の昼に放送された音楽バラエティ番組『森永スパーク・ショー』で司会を務めた中尾ミエ・伊東ゆかり・園まりの三人の人気が高まり番組名のスパークを付け『スパーク三人娘』を結成。
 ※ 番組初期は沢リリ子が出演していたが、渡辺プロの意向で園まりと交代。

3人娘メモリアル・コンサート~ニッポンをもっと元気に!~
昭和39年に解消した『三人娘』は平成17年に久々に再結成。「3人娘 Again Dream Concert Tour 2005」と銘打ち全国ツアーを展開した。平成18年にもツアーは開催されたが、この年限りのツアーコンサートとなってしまった。
2年後の平成21年、再び三人が集結して『ゆかり・ミエ・まり 3人娘メモリアル・コンサート~ニッポンをもっと元気に!~』のツアーコンサートを全国各地で開催した。今度は途切れる事なく、引き続き全国各地を回り精力的に活動。平成25年に入っても『3人娘』は未だ若さを保ち元気に活躍してくれる事だろう。
また、平成24年には結成50年を迎えて『3人娘 結成50周年記念コンサート』も同時開催された。

_3人娘オフィシャルサイトLinkIcon3人娘 facebook

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