団塊世代の想い出

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1968年の出来事

 主な出来事

三億円事件
3okuen.jpg1969年12月10日、府中市栄町・府中刑務所裏通りで、白バイに乗った警察官(共に偽装)にて、東京芝浦電気(現・東芝)府中工場へ向かう日本信託銀行の車が止められ、工場従業員のボーナス用の現金約3億円(2億9430万7500円)が強奪された。
犯人は強奪した現金輸送車のセドリックから、近くに停めておいたカローラに乗換え逃走した。警視庁は、パトカー631台、署員や機動隊など計約13000人体制の大包囲網の緊急配備を敷き各所で検問を実施したが、車の乗換えを想定していなかった為、犯人を取り逃がしてしまった。
7年間で9億円以上の捜査費が投じられたが、犯人逮捕までには至らなかった。
3okuen_2.jpg1975年12月10日、公訴時効、そして1988年12月10日、民事時効が成立した為、日本犯罪史に名前を残す未解決事件となった。
尚、本件犯行は強盗罪には該当せず、窃盗罪となる。
強奪された3億円は、日本の保険会社が支払った保険金により補填された。その保険会社もまた再保険(日本以外の保険会社による)によって損害の補填をうけていた為に、日本企業の損失はなかったという。
この事件以降、給料を銀行振込にする会社が増加したという。
また、時効後に自称犯人と名乗る人物が登場しているが、何れも偽者であり、世間から注目されたい、或は本を売って稼ぎたいなどと言う呆れ者まで現れた。

金嬉老事件
kimuhiro_3.jpg1969年2月20日夜、静岡県清水市のクラブで借金取り立てのトラブルから、暴力団員2人をライフルで射殺し逃走。寸又峡温泉の旅館「ふじみや」に宿泊客ら13人の人質を取って立て篭った。金嬉老は、ライフル銃と実弾、ダイナマイト、青酸カリを持ち込んでの籠城だった。
周囲を包囲する警察官に対し、ライフルで威嚇したり、ダイナマイトで自殺すると脅したりもしていたが、一方、現場には報道記者を招き入れてのインタビューにも応じていた。
「差別発言をした人が謝るなら人質を解放する」と語り、以前、差別的な扱いをした刑事にテレビで謝罪するよう求めたりもした。
これを受けて、清水警察署長と刑事がテレビで謝罪するという異例の措置が取られた。また籠城現場にテレビ・クルーを招き入れ、この模様が全国に生中継されるという、過去に例のない事件だった。
kimuhiro_02.jpg88時間にわたった籠城の結果、2月24日午後3時25分、記者に紛れた警察官らによって取り押さえられ逮捕された。
この事件は、金嬉老の母国でもある韓国でも大々的に報道され、マスコミは差別と戦った民族の英雄として祭り上げた。
1972年6月、金嬉老は静岡地裁から無期懲役の判決を受け服役。1999年に仮出所し、韓国に移り住んだ。

日本初の超高層ビル「霞が関ビル」完成1968_3.jpg
1969年4月18日、東京都千代田区霞が関三丁目に「霞が関ビルディング」が完成した。
地上36階、地下3階建て、高さは147メートルで日本初の超高層ビルだった。
2年後の1970年3月、「世界貿易センタービル」(東京都港区浜松町 40階建て:152メートル)が完成しその座を奪われてしまったが、当時は最上階の36階に展望台があり賑わいをみせていた。
現在、日本一の高層ビルは「横浜ランドマークタワー」(神奈川県横浜市 70階建て:296メートル)である。

郵便番号制度 実施
1968_7.jpg郵政省は郵便物の宛て先を簡素化し、効率よく郵便物を配送できるシステムとして、自動読み取り区分機の採用により郵便事業のオートメーション化を推進し、これを1969年7月1日より実施した。
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郵便番号推進の記念切手とキャラクター「ナンバー君」

日本初のスタジアム・ライブ 〜ザ・タイガース ショー 真夏の夜の祭典〜tigers.jpg
1969年8月12日、グループサウンズ・ブームのさなか、GSの頂点に立つザ・タイガースが後楽園球場で日本初のスタジアム・ライブとなる「ザ・タイガース ショー 〜真夏の夜の祭典」を開催した。スタジアムは21.000人のファンで埋め尽くされ、米国の第五空軍・軍楽隊の演奏で華やかにオープニング。打ち上げ花火が上がり、ザ・タイガースのメンバーは各自様々な扮装で登場。加橋かつみは白バイで、ピエロ姿の岸部おさみ、瞳みのるは山車で太鼓を打ち、森本太郎は駕籠に乗って、オープンカーに乗った沢田研二といった趣向で登場、ファンを熱狂させた。
この模様が日本テレビで録画中継され、9月1日午後1時15分〜3時45分までの2時間特番を組み放映された。

ノーベル文学賞 受賞(川端康成)
1968_5.jpg1969年10月17日、小説家・川端康成氏が、日本人としては三人目のノーベル賞が決定され発表された。(文学賞は日本人初)授賞理由は「日本人の心の精髄をすぐれた感受性をもって表現するその叙述の巧みさ」である。
12月10日にストックホルムで授賞式が行われ、紋付き袴の正装で臨んだ川端康成氏は「美しい日本の私」について日本語でスピーチをした。