団塊世代の想い出

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1961年の出来事

 主な出来事

赤木圭一郎「ゴーカート」運転中事故死1961_5.jpg
1961年2月14日、日活の人気俳優、赤木圭一郎がゴーカートを運転中に事故を起こし意識不明の重体となり慈恵医大病院に緊急入院したが、一週間後の2月21日7時50分、硬膜下出血により死亡した。(享年21)
東京・麻布の日活撮影所で『激流に生きる男』を撮影し、その休憩中の12時20分頃に事故が起きた。この日、注文していたゴーカートが届いた為、撮影所中庭で試乗中に大道具倉庫の鉄扉に激突した。ゴーカートは60km/h以上のスピードが出ており、ブレーキとアクセルが乗用車とは逆の位置だった事による操作ミスだったようである。
赤木圭一郎は、日活のアクション俳優として、小林旭、石原裕次郎に続く「第三の男」と呼ばれ期待されていただけに、彼の死はファンのみならず日本中に大きな衝撃を与えた。
死後50年以上たった今でも、神奈川・鎌倉市の長勝寺に建てられた記念碑には、多くの方々が赤木圭一郎氏を偲び、献花に訪れているという。

ソ連 有人宇宙船・地球一周に成功
1960_3.jpg1961年4月12日、ソ連はバイコヌール宇宙基地から人類初の有人衛星「ボストーク1号」を打ち上げ、宇宙飛行士第一号としてガガーリン少佐を乗せ地球一周に成功した。
宇宙から地球を見た時、ガガーリン少佐は「地球は青かった」との名言を残した。

大衆車「パブリカ」発売
publica700.jpg1961年6月19日、トヨタ自動車は、排気量700ccの4人乗りセダンで価格は39万8千円の大衆車「パブリカ」を販売した。
車名のパブリカは一般公募され、パブリック・カー(Public car)からの造語だった。
それまでの自動車は購入金額が高く、富裕層以外には手が届く物ではなかったが、「パブリカ」の発売により一般大衆でも手の届く自動車になっていった。
とは言っても、当時ラーメン一杯50円、大卒初任給1万3千円の時代だから現在の金額に換算すれば400万円以上の価格だったであろう。大衆車の幕開けの年ではあるが、「パブリカ」は、当時では、まだまだ高価な車であった。

※参考 コロナ1500デラックス 価格:72.9万円 ブルーバード1000 価格:68.5万円
    軽自動車/スバル360 価格:36.5.万円(デラックス価格:39万円)

柏鵬時代の幕開け1961_6_1.jpg
1961年9月24日、秋場所の千秋楽。共に12勝3敗の柏戸、大鵬、明武谷の3人が優勝決定戦で争う事となり、2連勝した大鵬が優勝した。これにより横綱審議委員会は、10月2日、第47代横綱に柏戸 剛、第48代横綱に大鵬幸喜、と二人を同時に横綱に昇進させた。
柏戸は22歳11カ月、大鵬は21歳4カ月という若さでの横綱昇進であり、名実共に柏鵬時代の幕開けとなった。