団塊世代の想い出

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出来事

 主な出来事

「第1回NHK紅白歌合戦」ラジオ放送 開始1951_1.jpg
1月3日、正月の特別番組としてNHKラジオ第1放送は「第1回NHK紅白歌合戦」(正式名称:第1回NHK紅白音楽合戦)の放送を開始した。
会場はNHK東京放送会館第1スタジオで、夜8時から9時までの1時間、生放送された。
紅組司会には女優の加藤道子、白組司会が藤倉修一NHKアナウンサー、そして総合司会に田辺正晴NHKアナウンサーが務めた。紅組は渡辺はま子、白組の藤山一郎がそれぞれキャプテンとなり男女各7名、総勢14名の歌手が会場に招待された約300人の観衆の前で歌を披露した。春日由三NHK芸能局長他5名の審査の結果、白組の勝利となった。

社会党 左右に分裂1951_2.jpg
10月23日、杜会党は対日講和・日米安保両条約に対する最終態度を決定する臨時党大会を開いたが、両条約の賛否に左派と右派が対立し乱闘騒ぎにまで発展、党大会は結論が出ないまま流会となった。その結果、鈴木茂三郎委員長率いる左派グループと、浅沼稲次郎書記長の右派グループに分裂してしまった。どちらも「杜会党」を名乗った為、便宜上、「左派社会党」「右派社会党」と呼ぶようになり、「左社」右杜」の略称が1955年10月の社会党統一まで使われた。
分裂直後、左派グループは16議席で右派グループの29議席より少なかったが、1953年の総選挙では72議席を獲得、右派グループの67議席を追い抜いた。更に1955年の総選挙では89議席となり、左派優位体制を確立した。

初の五百円紙幣五拾円紙幣 発行
1951_3.jpg4月2日、日本銀行は五百円紙幣を発行した。表面には岩倉具視の肖像、裏面には富士山が描かれている。戦後、急成長する経済により紙幣の種類を増やす必要が生じた為による紙幣発行だった。
また、12月1日には、五拾円紙幣も発行された。表面には高橋是清の肖像、裏面には日本銀行が描かれている。この五拾円紙幣は、1955年に五十円硬貨が発行された為、1958年までの7年間で発行を終了した。

日本初の家庭用合成洗剤「花王粉せんたく」発売開始
1951_kao.jpg10月1日、日本初の家庭用合成洗剤として花王石鹸(現:花王株式会社)が『花王粉せんたく』を発売開始した。2年後の1953年には、改良された合成洗剤『ワンダフル』が発売。洗濯機の普及と共に、従来の石鹸に代わる洗剤として広く普及されたヒット商品となった。

日本初の果汁飲料「バヤリース」販売開始1951_5.jpg
11月1日、朝日麦酒(現・アサヒビール)は、日本初の果汁飲料「バヤリース」(当初表記:バャリース)を発売した。バヤリースは戦後、清涼飲料水営業取締規則により国内では販売の許可が得られず、輸入により米国進駐軍のみ販売されていたが、朝日麦酒が、前年の1950年にゼネラル・フーズ(米国)と業務提携し米国進駐軍に販売を開始した。1951年、同社とバヤリースの国内販売契約を締結した事により国内全ての販売権を確保、国内生産による販売を開始した。
当時、日本国内では人工甘味料の清涼飲料水への使用が認められていたが、バヤリースはこれらを一切使用せず、果汁20%、オレンジ・みかん混合(沖縄での販売は果汁100%)の果実飲料で一切甘味料が使われておらず、これが発売と同時に大ヒットし、日本でのジュースブームが巻き起る切っ掛けとなった。