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ザ・ワンダース

ザ・ワンダースは、コーラスグループ "ザ・タドポールズ" にいた朝紘一と栗敏夫の二人に、"ジミー時田とマウンテン・プレイボーイ" でヴォーカルをしていた尾崎紀世彦が加わり、1967年1月に結成された。ザ・ワンダースというグループ名は、師事している "和田昭治"(デューク・エイセス創設者)の和田をもじって付けられた。同年4月にはTBS朝の人気番組「ヤング720」に初登場し、準レギュラーとして活躍。同年8月1日、シングル「明日への道」アルバム「ニュー・カマー・ワンダース」のWリリースで華々しくレコードデビューしたものの、ヒットには結びつかなかった。10月にリリースした2枚目シングル「霧と恋」は小ヒットしたが、その後にリリースした5枚のシングルは殆んど話題にもあがらなかった。彼等はドラマの挿入歌や主題歌、CMソングなどで重宝がられたグループであり、当時大人気の『ウルトラセブン』では主題歌・挿入歌を担当(※契約上の問題があり「ジ・エコーズ」名義)した。しかし、GSに陰りが見えた1969年秋、所属事務所との話し合いの結果、それぞれの道を歩む事となり解散する事を決意した。

__成 : 1967年1月 (結成時グループ名 : 同じ)
デビュー : 1967年8月 (デビュー曲 : 明日への道)
__散 : 1969年....(最終公演 : 不明 )

ザ・ワンダース : メンバー

尾崎紀世彦: ヴォーカル、ギター
朝 紘一 : ヴォーカル、ベース
栗 敏夫 : ヴォーカル、ドラムス ※リーダー

シングル・リリース

明日への道/遠い想い出('67年8月)
霧と恋/悲しくて('67年10月)
赤い花びら愛して行こう(’68年3月)
 ※他、全10枚リリース
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ジ・エコーズ 名義 リリース
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アルバム・リリース

ニュー・カマー・ザ・ワンダース ('67年8月)
 ※他、コンパクト盤(17cm LP)1枚リリース
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バッキング・シングル

三浦恭子・リリース
恋の数え唄夜がくるたびに(’69年9月)※A面 コーラス

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主な出演

テレビ
1967年4月17日 ~ TBSテレビ 「ヤング720」 ※準レギュラー出演
1967年 ~ NHK総合テレビ「音楽の花ひらく」
1968年 ~ NHK総合テレビ「私達の演奏会」
1968年 ~ NHK総合テレビ「昼の軽音楽」

プロフィール・そしてその後は?

尾崎紀世彦 (本名 : 同じ) 1943年1月1日/神奈川・茅ヶ崎生まれ
尾崎紀世彦ザ・ワンダース脱退後はソロ歌手に転向、1970年8月「別れの夜明け」でソロ・デビューを果たす。1971年3月リリースした2枚目のシングル「また逢う日まで」がミリオンセラーとなり、第13回日本レコード大賞と第2回日本歌謡大賞をダブル受賞。同年、第22回NHK紅白歌合戦に初出場を果たした。現在も歌手として活躍している。
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肝臓がんにより2012年5月31日午前0時5分 東京・港区の病院にて 永眠(享年69)

朝 紘一(本名 : 不明)1942年3月15日/中国・大連生まれ
朝 紘一ザ・ワンダース解散後は、"朝コータロー" と改名。1973年、ヒデ夕樹(ひで ゆうき)と "ヒデとコータロー" を結成した。アニメ・ソングを中心に活躍。(1975年に解散)。「スーパーロボット レッドバロン」の主題歌や「日立の樹」などのCMソングを歌う。

栗 敏夫(本名 : 小栗俊雄) 1943年8月18日生まれ
栗 敏夫ザ・ワンダース解散後は、芸能界から引退し日音に入社。ソロ歌手に転向した尾崎紀世彦のディレクターとなる。その後も、レコーディング・ディレクターとして活躍。

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