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シャープ・ホークス

シャープ・ホークスは、元々アイドルグループを目指し、歌って踊れるグループとして第一プロの岸部清社長がメンバーを募って1963年3月に結成された。結成当初のメンバーは、野沢裕二、鈴木忠男、安岡力也、山岡賢次に女性の加古幸子の5名でスタートした。
同年5月には日劇ウエスタン・カーニバルに出場と順調な滑り出しだった。同年12月、山岡賢次が抜け、代わりに神戸で活躍していた小山真佐夫が加入してきた。当時のグループは、ウエスタン歌手、紀本ヨシオのバックコーラス&バックダンサーとして活躍していた。
その後、メンバーも増えて、"シャープホークスとそのグループ"という10名までの大所帯に膨れあがっていった。途中、加古幸子が抜け、ホズミペペという女性ボーカルが加入。1965年に入り、ホズミペペも抜けて、ヴォーカル部門と演奏部門を分離し、残った4名にて活動。歌手のバックコーラスを務めながら、ジャズ喫茶等で活動を続けていた。(演奏部門は「井上宗孝とシャープ・ファイブ」として再結成)
1966年9月に「ついておいで」をリリースし、念願のレコード・デビューを果たした。同年12月にリリースした「遠い渚」が大ヒット。(オリコンは発足前の為、順位は不明)その後、メンバーチェンジをし「海へかえろう」をリリースするも小ヒットに留まった。1967年12月に「レット・ミー・ゴー」という阿波踊りのリズムを取り入れた曲をリリースしたが、これもヒットには結びつかなかった。また「シャープ・ファイブ」のコロンビア移籍により専属バンドからの離脱もあり、メンバーも楽器が使えるようにと練習に励み、野沢裕二がドラムを扱い、鈴木忠男がサイドギターを担当、新たにリードギターの美島哲也、ベースに秋月克衛を迎え入れて『ザ・シャープ・ホークス』として再スタートを図った。最初のシングルは8月リリースの「ジーザス!」、安岡力也のソロで壮大な曲として期待されたが、オリコンにランクインする事はなく、残念な結果に終わってしまった。その後はジリ貧状態となり、1968年11月30日、東京・渋谷のゴーゴーホール『VAN』での出演を最後に解散した。
後に、安岡力也が「安岡力也とシャープ・ホークス」を再結成したがグループサウンズの壊滅と共に短命に終わった。

2012年4月8日朝(6時1分)、安岡力也さんが心不全により東京都内の病院で死去した。(享年65)
2012年5月「安岡力也・追悼コンサート」を8月に行なうため、シャープ・ホークスが再結成される。

2012年8月11日、東京・なかのZERO 大ホールにて開催された「グループサウンズ・カーニバル2012」にて『安岡力也追悼公演』が行なわれ、オリジナルメンバーのトミー(野沢裕二)サミー(鈴木忠男)アンディ(小山真佐夫)ジミー(ジミー・レノン)全員が集結、安岡力也を偲びGS時代の歌を熱唱した。

__成 : 1963年03 (結成時グループ名 : 同じ)
デビュー : 1966年09月 (デビュー曲 : ついておいで)
__散 : 1968年11月 (最終公演 : 渋谷「VAN」 )
 ※「安岡力也とシャープ・ホークス」を再結成したが自然消滅。

シャープ・ホークス : メンバー

野沢裕二 : ヴォーカル リーダー
鈴木忠男 : ヴォーカル
安岡力也 : ヴォーカル
小山真佐夫: ヴォーカル('67年春脱退)
ジミー・レノン:ヴォーカル('67年春参加)

ザ・シャープ・ホークス : メンバー(1968年8月 バンド編成、再スタート)

安岡力也 : ヴォーカル
ジミー・レノン:ヴォーカル
野沢裕二 :ドラムス リーダー
鈴木忠男 : ギター
三島哲也 : ギター
秋月克衛 : ベース

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シャープ・ホークス

シングル・リリース

ついておいで/キュン!キュン!キュン!('66年9月)
遠い渚/いつものところで('66年12月
若い夜/愛の土曜日('67年4月
海へかえろう/星のカーニヴァル('67年8月
レット・ミー・ゴー !/ロンリー・ラヴ('67年12月
オーケイ !/テル・ミー ('68年1月)
ジーザス !/スオミの乙女 ('68年8月※ザ・シャープ・ホークス名義

アルバム・リリース

ゴー ! ゴー ! シャープ・ホークス ! ('68年1月)
※他、コンパクト盤(17cm LP)2枚リリース

LinkIconアルバム・リリース全曲収録リストはこちらをクリック

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主な出演

テレビ
1965年06月~00日 フジテレビ 「勝ち抜きエレキ合戦」 ※レギュラー出演
1967年03月14日~ TBSテレビ 「ヤング720」 ※準レギュラー出演
1967年04月~00日 フジテレビ 「若さで歌おう ヤァヤァヤング !」 ※ゲスト出演
1968年10月~00日 日本テレビ 「爆笑ヤングポップス」 ※ゲスト出演
1968年10月~00日 フジテレビ 「レッツゴー! ヤングサウンズ」 ※ゲスト出演
映 画
1968年03月 松竹 「嵐に立つ」 ※尾崎奈々 主演 ザ・カーナビーツと共に演奏シーンにて出演

シャープ・ホークス解散後の音楽活動

野沢裕二:___ソロ・シンガー
安岡力也:___「安岡力也とシャープ・ホークス」を再結成→ 俳優
鈴木忠男:___不明
小山真佐夫:__ソロ・シンガー→ 渡英→ 渡米→ 帰国
ジミー・レノンファッション・モデル

再結成 安岡力也とシャープ・ホークス

1968年11月、シャープ・ホークス解散後に安岡力也により新メンバーにて結成された。
メンバー
安岡力也 ; ヴォーカル
福山元一郎; ギター
津島啓人 ; ベース
川島信一 ; ドラムス
麻紀タケシ; キーボード

シングル・リリース
この胸に十字架を/愛の砂丘('69年4月)

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プロフィール・そしてその後は?

野沢裕二 (本名 : 同じ) 1942年6月2日/横浜・本牧生まれ
愛称 : トミー (リーダー)
トミー野沢シャープ・ホークス解散後はソロとして活動を開始。名前もトミー野沢と改名し活動。2006年からは、横浜・保土ヶ谷にてライブハウス「トミーズハウス夢工房」を主宰し現在も精力的に活動をしている。
2012年8月11日、東京・なかのZERO 大ホールにて開催された「グループサウンズ・カーニバル2012」にて行なわれた『安岡力也追悼公演』にヴォーカルとして参加。

安岡力也 (本名 : 同じ) 1947年7月19日/東京・港区生まれ (埼玉・行田市育ち)
愛称 : リキヤ
安岡力也シャープホークス解散後すぐに "安岡力也とシャープ・ホークス" を再結成、1969年4月「この胸に十字架を」をリリースしたが、これ1枚で解散した。後に俳優として活動、映画、TVにて活躍した。1988年には "タイガース・メモリアル・クラブ・バンド" に参加。また、バラエティ番組『オレたちひょうきん族』に「ホタテマン」としてレギュラー出演したりと、多岐に渡って活躍していたが、2006年6月、四肢に力が入らなくなる難病のギラン・バレー症候群を発症し一時芸能活動を中止していた。2010年5月17日、テレビ朝日系「徹子の部屋」に出演。今まで沈黙していた闘病生活を語り、4年ぶりの仕事復帰を果たした。
2010年8月には肝細胞がんを患い、力斗氏(長男)の肝臓の一部を移植する生体肝移植を受け、再び闘病生活に入った。
2012年4月8日朝(6時1分)、心不全により東京都内の病院で死去。(享年65)
2012年5月24日午後1時から、東京・青山葬儀所にてお別れの会が営まれた。発起人代表の梅宮辰夫さん他、元GSの内田裕也さん、堺正章さん、宇崎竜童さん、歌手の錦野旦さんら元GSのメンバー 野沢裕二さん、鈴木忠男さんや芸能・スポーツ関係の約500人が参列した。

鈴木忠男 (本名 : 同じ) 1945年3月29日生まれ
愛称 : サミー
安岡力也解散後は、元"ザ・シルビーフォックス" のピート七福と一緒に、物まねアーティストとして六本木のクラブに出演。特に、天皇陛下と布施明の物まねは絶品だったそうです。1970年代後半から東京・六本木にて『Sammy's Club』を経営、諸事情により2005年?に閉鎖。
2012年8月11日、東京・なかのZERO 大ホールにて開催された「グループサウンズ・カーニバル2012」にて行なわれた『安岡力也追悼公演』にヴォーカルとして参加。
2013年4月16日、東京・六本木にて「サミーズハウス」をオープンさせた。

小山真佐夫 (本名 : 同じ) 1946年/神戸生まれ
愛称 : アンディ
andy.jpg1967年脱退後、ソロ歌手としてアイ・ジョージ氏と共に日本各地でのコンサートに参加。その後ロンドンに留学。1982年、東京音楽祭新人奨励賞受賞。1986年カナダのバンクーバーEXPOに参加、活動をカナダ・米国に移す。1993年帰国。1994年、岩手・盛岡市にてAVC ヴォーカルスクールを開校、後世の育成に務める。2010年4月よりIBCラジオ(アイビーシー岩手放送)番組「アンディ小山のラブリー・メモリーズ」スタート。現在は "アンディー小山" 名にて活躍中。
2012年8月11日、東京・なかのZERO 大ホールにて開催された「グループサウンズ・カーニバル2012」にて行なわれた『安岡力也追悼公演』にヴォーカルとして参加。

ジミー・レノン (本名 : 塩井治美)1947年12月25日/米国ニュージャージー州生まれ (兵庫・尼崎市育ち)
愛称:ジミー
ジミー.jpgシャープ・ホークス解散後はモデル業に転身、「ハレーダビットソン」のカタログや、ユニクロのモデルとして活躍する。現在は、モデル業の傍ら、実業家としても活動。
2012年8月11日、東京・なかのZERO 大ホールにて開催された「グループサウンズ・カーニバル2012」にて行なわれた『安岡力也追悼公演』にヴォーカルとして参加。

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