http://dankaisedai.co-suite.jp/concert/gs_concert.html

ザ・フェニックス

ザ・フェニックスは、テリーズに続くバニーズの弟バンドとして1967年10月1日に結成された。リーダーの宮崎重夫が率いる6名のメンバーは、寺内タケシ プロデュースにより、油壺で1ヶ月に渡るスパルタ教育の合宿を受け、翌年の1968年1月20日「恋するラ・ラ・ラ」でレコードデビューをした。ワウギターを駆使した曲で、マスコミには話題にあがったものの、大きくヒットするまでには至らず、続く5月リリースの「グッドバイ・ベイビー」もサウンドに凝った曲ではあったが、これもヒットするまでには繋がらなかった。レコードリリースはこの2曲だけで終わってしまったが、東京や横浜のジャズ喫茶で連日活躍しており、寺内企画一番の黒字バンドだった。途中、宮崎重夫と藤野寿美男が脱退、佐々木秀実が加わり再編成して活躍していたが、GSの衰退と共に1970年に入り解散した実力の有るバンドであった。
2008年6月14日(土)、神奈川県民ホールで催された『GSフェスティバル2008 "僕たちの青春”』にはメンバー全員が参加し当時の曲を熱唱した。

__成 : 1967年10月結成時グループ名 : 同じ)
デビュー : 1968年01月(デビュー曲 : 恋するラ・ラ・ラ)
__散 : 1970年0?月(最終公演 : 不明)

ザ・フェニックス : メンバー

宮崎重夫 : ベース
栗山 正 : リードギター
藤野寿夫 : サイドギター
山田光治 : キーボード
鈴木二郎 : ドラムス
椿 哲也 : ヴォーカル

第二期メンバー
栗山 正 : リードギター
山田光治 : キーボード
鈴木二郎 : ドラムス
椿 哲也 : ヴォーカル
佐々木秀実 : ベース

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 ザ・フェニックス 初期メンバー ザ・フェニックス 2期メンバー

シングル・リリース

恋するラ・ラ・ラ/涙のシルビア('68年1月)
グッドバイ・ベイビー/悲しい片想い('68年5月)

※アルバム・リリース無し

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プロフィール・そしてその後は?

宮崎重夫 1947年生まれ (リーダー)
宮崎重夫フェニックスを脱退し、藤野寿夫や、4・9・1のジョー山中らと "ボン・ルーザス" を結成。
現在は、植田芳暁らを擁する「MIYAエンタープライズ」を経営する。

藤野寿夫
宮崎重夫フェニックスを脱退し、宮崎重夫と共に "ボン・ルーザス" の結成に参加した。

栗山 正
宮崎重夫フェニックス解散後は、"寺内タケシとバニーズ" に参加した。
デビュー曲『恋するラ・ラ・ラ』及びセカンドシングル『グッドバイ・ベイビー』は彼の作曲による楽曲である

山田光治
_鈴木二郎 

鈴木二郎
_宮崎重夫フェニックス解散後は、ジュリー(沢田研二)のバックバンド『オールウェイズ』としてドラムスを担当する他、様々なアーティストのドラマーとして活躍。また、デビュー曲『恋するラ・ラ・ラ』及びセカンドシングル『グッドバイ・ベイビー』は彼の作詞による楽曲である。

椿 哲也
_宮崎重夫.
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2013年8月14日 永眠

佐々木秀実
ササキ.jpg第二期メンバーとして参加。フェニックス解散後は "桜井五郎&ボーイズ" に1年間ヴォーカルとして参加した。
1988年、横浜にてレストラン&バー横浜BLUEJAYをオープン。現在もオーナーとして週末には元GSのミュージシャン等を招き入れライブを開催している。

※山田光治氏と藤野寿夫氏の顔写真が入れ違えておりました。訂正しお詫び申し上げます。
元ザ・フェニックスのささきひでみ様よりご連絡を頂きました。(2013.10.25:訂正)

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