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ザ・ジャイアンツ

ザ・ジャイアンツは、鈴木晴夫が同級生や友人を誘い4人で結成された。1967年8月14日、世田谷区民会館で初ステージを踏む。その後、銀座にあるデパート内のビヤガーデン "四季" で演奏していたところを、永井秀和のバック・バンドとしてスカウトされる翌年の1968年1月25日、日本ビクターから「ケメ子の唄」でレコード・デビューを果たした。この曲は、翌月の2月に "ザ・ダーツ" からもリリースされた競作であり、"ザ・ダーツ" よりも1週間程早く発売された。(ザ・ダーツは「ケメ子の歌」と、"唄" を"歌" と曲名を変えている)お互いを意識してか、ザ・ジャイアンツ盤のジャケットには「本命盤」と表示されており、後に、ザ・ダーツ盤も「オリジナル盤」と表示するようになった。結果は、ダーツ盤がオリコンチャート2位と善戦したのに対し、ザ・ジャイアンツは6位と惨敗だった。(とは言っても、オリコン6位にランクインされた事は大善戦である。)
同年3月には、この歌が映画化され松竹映画から配給された「ケメ子の唄」に小山ルミと共演した。
同年4月、第二弾シングル「どうしても女に勝てなかった悲しい男の唄」をリリース。9月「遠い夏」11月「スケート野郎」とリリースしたものの、オリコンチャート外とまったく売れず、最初のヒットのみで1969年には消えていった。
因に、アイドルスの前身バンド "ザ・ジャイアンツ" とは全く関係が無く別のバンドである。

__成 : 1967年8月結成時グループ名 : 同じ)
デビュー : 1968年1月(デビュー曲 : ケメ子の唄)
__散 : 1969年?月(最終公演 : 不明)

ザ・ジャイアンツ : メンバー

鈴木晴夫 : ベース、ヴォーカル リーダー
原 道雄 : リードギター
飯田久雄 : サイドギター
谷しげる : ドラムス

シングル・リリース

ケメ子の唄/豚のしっぽ('68年1月)
どうしても女に勝てなかった悲しい男の唄/涙のエンゼル('68年4月)
遠い夏/素足の乙女('68年9月)
スケート野郎 '68年11月)
 ※A面曲はヤッホースケーター(歌:永井秀和とスクールメイツ)

アルバム・リリース

グループ・サウンドと歌おう! ('68年12月)
可愛いスーチャン ('69年4月)

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主な出演

テレビ
1968年7月19日 TBSテレビ 「ヤング720」 ※ゲスト出演
映 画
1968年2月00日 日活 「恋人と呼んでみたい」 ※永井秀和・鮎川いずみ 主演
1968年3月00日 松竹 「ケメ子の唄」 ※小山ルミ 主演

プロフィール・そしてその後は?

鈴木晴夫 (リーダー)
ザ・ジャイアンツ解散後は不明。現在は、さいたま市にてスナック 「案山子」 を経営されている。

案山子

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