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ザ・フローラル

ザ・フローラルは、" モンキーズ・ファンクラブ日本支部 " の公募によって選ばれたメンバーにより、1968年2月11日に結成された。イラストレーターの宇野亜喜良氏がグループを命名、コスチュームから楽器のデザインまで彼の全面支援を受け決定された。また、1968年8月15日のデビュー曲「涙は花びら」は彼の作詞によるという熱の入れようであった。オーケストラを配したエレガントな曲ではあったがヒットするまでには結びつかなかった。翌月の9月、直ぐに第二弾「さまよう船」を発表。よりGS調な作品に仕上がったが、これもまたヒットには恵まれなかったが、10月を迎え待望の "モンキーズ" 来日公演の前座とバックを務めた。その後、本来の目的であった? "モンキーズ 来日公演"の任務を果たしたかのようにイメージチェンジを計り、アイドル的なバンドからインプロヴィゼイション(即興演奏)を重視するサイケデリック的なバンドに変革していった。
1969年2月、GS路線から完全に撤退し、新生ロックバンドとして「エイプリル・フール」にその魂を引き継ぐ事により " ザ・フローラル " としての役目に終止符を打った。

__成 : 1968年2月 結成時グループ名 : 同じ)
デビュー : 1968年8月 (デビュー曲 : 涙は花びら)
__散 : 1969年2月 (最終公演 : 不明 ※発展解消 → エイプリル・フール結成

ザ・フローラル : メンバー

小坂 忠 : ヴォーカル
菊池英二 : リードギター
柳田ヒロ : キーボード、サイドギター
杉山喜一 : ベース
義村康市 : ドラムス

シングル・リリース

涙は花びら/水平線のバラ('68年8月)
さまよう船/愛のメモリー('68年9月)

※アルバム・リリース無し

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ザ・フローラル→ エイプリル・フール

1969年4月、ザ・フローラルを発展解消し元メンバーの小坂忠 、菊池英二、柳田ヒロの3人にロックバンド "ドクターズ" の細野晴臣、ロックバンド "バーンズ" から松本隆の2名を迎えて結成された。
メンバー
小坂 忠 : ヴォーカル(元ザ・フローラル)
菊池英二 : リードギター(元ザ・フローラル)
柳田ヒロ : キーボード、サイドギター(元ザ・フローラル)
細野晴臣 : ベース
松本 隆 : ドラムス

アルバムリリース
「Apryl Fool」('69年9月27日)

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プロフィール・そしてその後は?

小坂 忠 (本名 : 小坂正行) 1948年7月8日/東京都生まれ
kosaka.jpgフローラルの菊池英二、柳田ヒロの両名に新たに細野晴臣(後のY.M.O.メンバー)、松本隆を加え "エイプリル・フール" を結成。 エイプリル・フール解散後、ロックミュージカル「HAIR」出演。1972年 "フォージョーハーフ" を結成。1976年にクリスチャンとなった彼は、1978年頃からゴスペル・シンガーとして活動の場を移し各地をコンサート旅行する。その後、埼玉・秋津、福音教会の牧師になり、ソロシンガーとして活躍しながら布教活動を続ける。1993年から2000年までの間、マーチ・フォー・ジーザスのディレクターを務める。
2000年、Tin Panのコンサートに出演。 2001年11月、25年ぶりに細野晴臣プロデュースによるアルバム「People」をリリースした。
LinkIcon"小坂 忠"オフィシャルサイト

柳田ヒロ (本名 : 柳田博義) 1949年5月7日/東京都生まれ
yanagida.jpgザ・フローラルを発展解消し改名した "エイプリル・フール" に引き続き参加。その後、 "エディ藩グループ" に参加。1970年には、つのだひろ、陳信輝らと "フード・ブレイン" を結成。1971年 "LOVE LIVE LIFE" を結成するなどと、様々なニュー・ロック系のセッションに参加した。
1970年代中頃からは編曲・プロデュースが多くなり、表舞台からは退いていたが、2003年には、久しぶりに水谷公生とのデュオ・ユニット "MA-YA" を結成した。

菊池英二 1947年1月28日生まれ
GS_notimage01.jpgザ・フローラルを発展解消し改名した "エイプリル・フール" に引き続き参加。その後は不明。

杉山喜一 1949年9月15日生まれ
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義村康市 1950年2月25日生まれ
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