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フィフィ・ザ・フリーは、大阪芸術大学の軽音楽部に所属するメンバーにて1967年7月に結成された。ラジオ番組『ヤングタウン』の準レギュラーで定期出演するほか、大阪「ナンバ一番」等の有名なジャズ喫茶で演奏するなど関西では知名度があり活躍していたバンドだった。1968年4月、上京しエコープロダクションと契約、同年6月ユニオンから「おやじのロック」でレコード・デビューを果たした。関西では人気があり、当時流行のアングラ的な曲だったが大きなヒットまでには繋がらなかった。尚、この曲のレコード・ジャケットはリーダーの曽根隆が描いたものである。翌年の1969年2月に2ndシングル「チェンジ・ユア・マインド」をリリースしたが、これもまたヒットせず低迷し続けていた。同年、作曲家の村井邦彦が設立した『アルファミュージック』の第一弾アーティストとして選ばれ、移籍。11月にシングル「栄光の朝」をリリース。再起を掛けての再スタートだったが、思う様な結果が出ず不調に終わってしまった。その後、1枚のシングルをリリースした後にRCAへ移籍。1971年7月「限りなくあたえるもの」をリリースしたがRCAではこの一曲だけに終わってしまった。1972年3月、ミュージカル「裸のカルメン」の演奏を最後に解散した。

__成 : 1967年5 結成時グループ名 :同じ)
デビュー : 1968年6月 (デビュー曲 : おやじのロック
__散 : 1972年3月 (最終演奏 : 那智わたる ミュージカル「裸のカルメン」伴奏

フィフィ・ザ・フリー:メンバー

曽根 隆  : キーボード、ヴォーカル リーダー
まぶちはじめ  : ギター、ヴォーカル
吉田一夫 : ギター
うつみ伸一  : ベース、ヴォーカル
鈴木ノリ  : ドラムス

シングル・リリース

おやじのロック/ひとりぼっちのバラード('68年6月)
チェンジ・ユア・マインド/恋の神話('69年2月)
栄光の朝/戦争は知らない('69年11月)
ワイト・イズ・ワイト/イエスタデイ・トゥデイ('70年6月)
限りなくあたえるもの/素晴らしきGT('71年7月)
※アルバム・リリース無し

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フィフィ・ザ・フリー解散後の音楽活動

曽根 隆 ___いずみたくシンガーズに参加
まぶちはじめ _ギタリストとして活動、セッションバンド等で参加
吉田一夫 ___いずみたくシンガーズに参加
うつみ伸一 __不明
鈴木ノリ ___ベイカー・ショップ・ブギーに参加

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