http://dankaisedai.co-suite.jp/concert/gs_concert.html


ブルー・ファイアは、ロカビリー歌手のフランツ・フリーデルを中心に、1962年9月に結成されたロカビリー・バンド "ファイヤー・ボール" が前身で、1964年には、エレキ・バンドとして再編成され、バンド名も "ブルー・ファイア" と改名した。その後、在籍していたリード・ギターの三根信宏が離脱し、 "シャープ・ファイブ" に移行した事に伴い、1965年3月にはメンバーの再編成を行なった。すでにソロ・シンガーとして活躍していた麻生京子を迎え入れ、バンド名も "麻生京子とブルー・ファイア" と改名、再スタートを切った。女性がリーダーのバンドという事が注目され、同年の1965年秋から放送されたNETテレビ『エキサイト・ショー』ではレギュラーを務めるようになった。ただ、残念ながらオリジナルのレコード・リリースは無く、カヴァー曲を集めたソノシートの「ダイナマイト」他、計2枚を発表しただけに終わってしまった。1967年にはGS路線に変更する為、再びフランツ・フリーデルを迎え入れ、"フランツ・フリーデルとブルー・ファイヤ" と再度改名した。同年8月に開催された『日劇ウエスタン・カーニバル』に初出場し、翌月の9月にCBSコロンビアから「夕陽のはてに」でレコード・デビューをした。翌年の1968年春頃、既にフランツ・フリーデルがソロ歌手としてリリースしていた「ドゥ・ユー・ノー」が話題となりヒットした事により、彼はブルー・ファイアを離脱し、再びソロ歌手として活動を開始してしまった。それにより、リーダーでありヴォーカルを失ってしまったブルー・ファイアは当然のごとく解散に追い込まれてしまった。

__成 : 1964年?結成時グループ名 :ブルー・ファイア)※ファイヤー・ボールから引き継ぎ 改名
エレキ・バンド「麻生京子とブルー・ファイア」時代
デビュー : 1965年7月(デビュー曲 :無し)※ソノシート「ダイナマイト」リリース
GS「フランツ・フリーデルとブルー・ファイア」時代
デビュー : 1967年9月(デビュー曲 :夕陽のはてに
__散 : 1968年?月(最終演奏 : 不明)※フランツ・フリーデル 離脱により消滅

フランツ・フリーデルとブルー・ファイア:メンバー

フランツ・フリーデル : ヴォーカル
野島美樹 : ギター
長谷ゆきや : キーボード
川本正美 : ベース
宗台春男 : ドラムス

シングル・リリース

夕陽のはてに/恋はやさしい('67年9月)

※アルバム・リリース無し

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『麻生京子とブルー・ファイア』時代:メンバー

麻生京子:ヴォーカル / 野島美樹:ギター / 鈴木美民:ギター / 渡辺修巳:不明 川本正美:ベースギター
関根英雄:ドラムス / 清須邦義:ギター(※途中から参加)→離脱後、ザ・バロンに参加

『フランツ・フリーデルとブルー・ファイア』解散後の音楽活動

フランツ・フリーデル ソロ・シンガー
野島美樹 "ハミング・バーズ"
川本正美 不明
長谷ゆきや "マスタッチ7"
宗台春男 "ザ・バロン"

プロフィール・そしてその後は?

フランツ・フリーデル(本名:相場フランツ)1943年 ドイツ生まれ
フランツ・フリーデル.jpgドイツ人の父と日本人の母の間に生まれ、1958年にドイツから来日した。日本ではロカビリー歌手として活動。1967年、"麻生京子とブルー・ファイア" が、GS化に伴い再編され引き継ぐ。ブルー・ファイアで活動中、2年前の1966年にソロでリリースした「ドゥ・ユー・ノー」が話題となりヒットした事により、ブルー・ファイアを離脱し再びソロ歌手として活動を開始した。
2006年6月8日 病気により永眠(享年63)

麻生京子 (本名 : 土生京子 ) 1944年3月5日/東京都生まれ
麻生レミ1960年から "ジャッキー吉川とブルーコメッツ" でヴォーカルとして参加した事もあり、和製ワンダージャクソンと言われ活躍していたロックンロール・シンガー。1962年5月に「ハンガリア・ロック」でレコード・デビューを果たした。1965年に "麻生京子とブルー・ファイア" に参加。1967年、"ザ・フラワーズ" 参加にあたり麻生レミに改名。フラワーズ解散後の " フラワー・トラヴェリン・バンド " には参加せず渡米。その後、ロックバンド "麻生レミ&WYND" を結成、ライブを中心に活躍した。

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