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ザ・フォーク・クルセダーズは、1965年に当時大学生の加藤和彦と北山修が中心で作ったアマチュアバンドで大学を卒業を契機に解散となったが、この解散記念にアルバム『ハレンチ』を自主制作した。後に大成する「帰って来たヨッパライ」「イムジン河」が含まれている。この曲がラジオで盛んに取り上げられ、『オールナイトニッポン』で流したところ、日本全国に反響が広がった。レコード会社からプロ・デビューの話しが持ち上がり一年限りとの条件で承認。加藤和彦と北山修に加えて、加藤の熱望で同志社大学の端田宣彦が参加した。同年12月25日、東芝音楽工業から「帰って来たヨッパライ 」でデビュー。オリコン・チャートでは1位を独占。シングル盤の売上は累計283万枚に達した。当初の約束通り、一年後の1968年10月17日、大阪で "さよならコンサート" を開き、同日夜、日本TV 『11PM』に出演、それを最後に解散した。

 メンバー    担 当  出 身  生年月日
 加藤和彦
 かとうかずひこ  ヴォーカル、ギター  京都市伏見区
 1947年3月21日
解散後は、ソロ活動に移行し、並行して1970年代初頭から中盤にかけてロックバンド「サディスティック・ミカ・バンド」を結成。映画音楽なども手掛け、音楽プロデューサーとしても活躍。2009年10月2日、東京国際フォーラムでの松任谷由実のライブにゲストとして登場したのが最後に、同月17日 軽井沢にて死没(享年63)
 北山 修  きたやまおさむ  ヴォーカル、ベース  兵庫・淡路島  1946年6月19日
解散後は、大学院進学を機にしばらく活動を中止する。その後は、医学の道と平行して作詞家として活動。本業は、精神医学を専門とする医学博士で、九州大学名誉教授。
 端田宣彦  はしだのりひこ  ヴォーカル、ギター  京都市  1945年1月7日
解散後は、「はしだのりひことシューベルツ」「はしだのりひことクライマックス」「はしだのりひことエンドレス」など、結成、解散を繰り返した後にソロに転向。杉田二郎、坂庭省吾などを世に出すきっかけともなるが、その後はフォークルファミリーとは一線を画し、独自の活動をしている。2017年12月2日 安眠(享年72)

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帰って来たヨッパライ/ソーラン節(1967年12月)
悲しくてやりきれない/コブのない駱駝(1968年3月)
水虫の唄/レディー・ジェーンの伝説(1968年7月)
ゲゲゲの鬼太郎/山羊さんゆうびん(1968年11月)
さすらいのヨッパライ/戦争は知らない(1968年11月)
何のために/花のかおりに(1968年11月)
青年は荒野をめざす/百まで生きよう(1968年12月)
大蛇の唄/ドラキュラの恋(1970年4月)
イムジン河/悲しくてやりきれない(2002年3月)※CDリリース

==未発表シングル ==
イムジン河/ヘビに喰われて死んでゆく男の悲しい悲しい物語
_(1968年2月21日発売予定・政治的理由により発売中止に)
== 再結成後 CDリリース ==
フォークル「DAIKU」を歌う (2002年11月)

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紀元貮阡年(1968年7月)
当世今様民謡温習会(1968年11月)
_____※1968年7月、京都・大阪・名古屋 ・東京の4カ所公演でのライブ収録盤
フォークルさよならコンサート(1969年2月)
_____※1968年10月7日の渋谷公会堂でのライブ収録盤
フォークル大百科辞典(1969年12月)
ザ・フォーク・クルセダーズのすべて(1970年9月)

== 再結成後 CDリリース ==
戦争と平和(2002年10月)
新結成記念 解散音楽繪(2002年12月)

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